蘇我氏の本拠地をめぐる

橿原市でサプライズ花火

2022年、いよいよ新年の幕が開けましたね。 成人の日でもある1月10日、奈良県橿原市の橿原運動公園をはじめ、市内4箇所で花火が打ち上げられました。

新型コロナウイルス感染の鎮魂と、新成人の門出を祝い、多くの人に「夢」「希望」「活力」を届けたいと願って開催された今回のサプライズ花火。

私は家族と一緒に、明日香村の甘樫丘から見学することとなりました。

2022.1.10撮影

日本の原風景が残る、ここ奈良県明日香村をはじめ、古代国家の原点とも言える飛鳥地方は多くの万葉歌に詠まれ、無数の史跡とともにゆったりとした時間が流れています。

今回は、飛鳥時代に大臣を輩出し、政治の実権を掌握した「蘇我氏」の本拠地、「明日香村豊浦」と「明日香村雷(いかづち)」をご案内します。

甘樫丘(あまかしのおか)

標高148mの緩やかな丘。『日本書紀』などにもその記述がみられ、7世紀前期には蘇我蝦夷・入鹿親子の邸宅があったことで有名なこの丘。明日香村を訪れた際には、是非とも立ち寄ってほしい場所の一つです。

甘樫丘から北西を望む(奥が二上山/手前が畝傍山)

展望台からは、藤原宮跡や大和三山(耳成山・畝傍山・天香久山)、生駒山・二上山・葛城山・金剛山系を一望でき、飛鳥寺や入鹿首塚、飛鳥坐神社など、それぞれの位置を確認することができます。

甘樫丘から東を望む(明日香村飛鳥の集落)

西を望むと2箇所に池があります。手前にあるのが和田池、奥が剣池です。 和田池より手前が明日香村、奥が橿原市。

橿原市にある剣池は、孝元天皇陵の堀にあたります。孝元天皇陵周辺は、万葉故地としての交通の要地「軽街(かるのちまた)」と呼ばれていました。

甘樫丘から望む夕景

万葉の植物園路

甘樫丘にある全長2.3kmの散策路。所要時間は1~2時間。桜やスモモの花をはじめ、万葉集に登場する40種類の植物がクイズ形式で植えられ、散策を楽しむ事が出来ます。

甘樫丘駐車場 Ⓟ

国営飛鳥歴史公園 甘樫丘地区
(見学自由)
住所 奈良県高市郡明日香村豊浦788
TEL 0744-54-2441
飛鳥管理センター
駐車場 Ⓟ 

南側(無料)
TEL:0744-54-2441

北側 第1・第2(有料)
TEL:0744-54-4177

明日香村の景観保全

戦後 高度経済成長期になると、日本各地で宅地化が進みました。が、当時の明日香村の人々は「この歴史的な景観を守らなければならない」と声を上げ、時の松下電器社長・松下幸之助氏や、日本文学者・犬養孝氏が「飛鳥保存財団」の設立に尽力、明日香村景観保全の先駆者となりました。

村人の声はついには政府にも届き、佐藤栄作首相一行が明日香村を視察。その後様々な施策を経て、1980年に明日香法が誕生。こうして村の景観は守られることとなりました。

水落遺跡付近から見た甘樫丘

明日香村だけではなく、日本各地に残る美しい景観をどう守っていくかが、現在に残された課題なのではないでしょうか。


ひさごばなひょうたん

聖徳太子15歳頃の髪形、束髪於額(ひさこはな)にちなんだ小型ひょうたん。

過去に豊浦老人クラブが栽培、「和」の精神を意味する貝の輪をつけたものを、郷土の民芸品として、丘の中腹で販売、利益金で植樹奉仕などしていました。

全国老人クラブ大会で厚生大臣賞を受賞。明日香村豊浦は、全日本愛瓢会発祥之地となっています。


豊浦宮(とゆらのみや)豊浦寺
向原寺

552年に百済から献上された仏像を祀るか祀らないか、蘇我稲目(推進派)と物部尾輿(反対派)で論戦が繰り広げられました。

その結果、稲目は向原の邸宅を寺とし、仏像を安置する事に。しかしその後疫病が流行したため、尾輿は国神のたたりだとし、仏像は豊浦寺横の難波の堀江に捨てられ、寺は焼きはらわれたとされています。

寺はその後再建され、一部を「豊浦宮」に転用。592年に即位した日本初の女帝、推古天皇の宮室となりました。603年小墾田宮に遷宮した後、「豊浦寺」になったとされています。

本格的な寺院ではなかったものの、発掘調査では伽藍配置の一部も発見されています。形式的な寺院としては、日本初の寺院と言っても過言ではないでしょう。

豊浦寺

雷丘(いかづちのおか)

北側の丘は城山、南側の丘は上の山。昔二つの丘は繋がっていたようですが、現在は間に道路が通り、集落が広がっています。

小墾田宮(おはりだのみや)跡
/雷丘東方遺跡

近年の発掘調査により、雷丘東方遺跡の井戸から”小治田宮”と墨書された土器が多数出土したことから、この辺りに推古天皇の「小墾田(小治田)宮」があったとする説が有力となっています。

「大君は神にしませば天雲の雷の上に廬りせるかも/柿本人麻呂(万葉集第3巻235)」

小墾田宮推定地(古宮遺跡)

雷丘から西に向かい、飛鳥川を越えた田畑の中に土壇があり、木が一本佇んでいます。以前は小墾田宮があったと推定されてきましたが、現在は、蘇我氏に関わる庭園跡とする説が有力となっています。 田植えが済んだあとは、水田に映る夕日と木のシルエットが幻想的。彼岸花スポットとしても知られています。

小墾田宮推定地(古宮遺跡)

今回は、蘇我氏の本拠地「明日香村豊浦」と「明日香村雷」をご案内しました。最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。